青竹の天麩羅

友人との旅には、目的なんてあって無いような物だというお話です。

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後輩に誘われて青竹を食いに行くことになった。

順序立てて話そう。
僕は二年生になった今年の六月から文芸部に所属している。以前から付き合いのある(とあるイベントで知り合い、趣味があって話すうちに中学の後輩だという事を知りアドレス交換してメールで話してたらいつのまにか気に入られた)部長を務める後輩が「この前一人退部しちゃったのでこれで誰も入らなかったら廃部の危機なのです」とツインテイルを揺らしながら悲しそうに言うので友人の頼みならしゃーねーなー、まあ僕もネットで物書きやって茶濁してる身だし学校のお遊びぐらいやってやってもいいぜ?と入部届を書いたは良いものの、その実部活動とは名ばかり、生徒会の定めた最低人数三人のうち一人が抜けたらもう一人は変態部長でもう一人は幽霊部員(むしろ幽霊学生、と言ったほうがいいかもしれない)、そこに僕が入ったらもはや部室には変態が二人駄弁っているだけであった。よく生徒会が黙っていてくれるよなと思う。それとも黙ってるわけじゃないんだろうか。
で、その部長君がえらい偏食で、常に自らの異常な味覚を満たす食物を探してネットで見つけて取り寄せて絶望して泣く泣くドクターペッパーを喉に流し込んで枕に顔を埋める日々を送っていたのだが、先日その部長君から、
「某市の山奥に珍しい(食べるのが)物を食べさせてくれる店があるそうなので土日使って行ってき        先輩も一緒に来ますか」
というメールが来たので、「来いと言うならしょうがない」とだけ返してさっさと準備してベッドに入ったら、
「『来いと言うならしょうがない』なんてまったくしょうがない先輩ですねアレですかツンデレですかハァハァハァハァハァハァでも先輩に竹食べる趣味があったなんて知らなかったです虎の油で揚げたりして食べるんですって面白そうですよねあああああでも先輩はもっともっと別のことに関心があってついて来るんですよね解ってますもちろんちゃんと考えてありますからウヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!!!!!!!!!」
と三十秒足らずで返ってきた。ケータイって改行を省いたらこんなに早く打てるものなんですね僕初めて知りました。それとももしかしてこれが女子高生の平均なんだろうか。
これがこれまでのあらすじである。

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メールが来た次の日の朝、僕はメールでその後(改行した後)にちょこっとだけ書いてあった待ち合わせ場所の駅前に来て待ちぼうけしていた。九時集合と書いてあったから念のために二十分前に着いたのに奴のほうは連絡も無しに待たせるとはどういう了見だろうかと思っていたら僕の電波時計が八時五十分を指した瞬間に後方から「先輩、もう着いてたんならメール下さいよう」などというわざとらしい声が聞こえてきた。今日も可愛らしい女の子然とした部長君である。膝上までふりふりのスカートでは隠しようのない美脚も乳白色の長い髪を頭の両側で束ねた可愛らしいツインテイルも、あふれ出る変な色のオーラは打ち消せないようで見た目だけで今日も変態である。
「・・・部長君、そのカメラ何分前から持っているんだ」
「メール打った後すぐからだから七時間ですね。ひたすらジョージア飲んでました。テイスティ凄すぎですよ旨すぎます」
「根性は評価しよう。その悪趣味さえなけりゃ君はもうちょっとその才能伸ばせたかもしれないのにな、残念でならんよ」
「またまた謙遜するんですからー。先輩どんだけ女の子に人気あると思ってるんですか、みんなもーメロメロですよメロメロ」
「僕が女にもててどうするんだ。人数で言えば君の男性人気の方が多いんじゃないのかい、今年も男どもは叶わない恋をするんだろうね可哀そうに」
「だってうちの学校可愛い男の子いないんですもん先輩以外」
「僕を男の中に含めるのはジョークかい」
「さてどっちでしょうね。僕にも測りかねます」
「よく言うよ」
「じゃ、そろそろ駅に入りません?日差しも強くなってきましたし」と部長君が言うので、何が「じゃ」なのかさっぱりわからんが僕もそれに異論は無かったので、眼鏡の弦を押さえて彼に従って切符を買った。・・・奢ってくれるわけじゃないのか。

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性別を誤認させるのは叙述トリックの初歩だというけれど、僕はまだしも部長君の場合は文章など使わないほうが巧く騙せるだろうと思う。読者諸君はいつ頃気づいたものか、あるいは書き手が書き手だから最初から・・・まあこれについては触れるまいが、学校一可愛い女の子の外側を持つ部長君は女の子が三次元ではまず持っていないとされるものを持っている。僕もこれでも花も恥じらう女の子の一人だからあんまり口にしたくはないのだけど、要するにち○このことです。
ぶっちゃけ二次元でも女装っ子も増えすぎたので僕の属性に合致しているとはいえ流石に辟易というかよりどりみどりすぎて感覚が狂いそうな最近なのだけど、読者諸君は二次元に住む彼らが何故異性の服を着るのか、ということについて疑問を持ったことはあるだろうか。
その女性的な顔に似合うと解っているから着るのか、それとも同性を愛するが故に着るのか、あるいは作者か読者の萌えの補給それのみのために着るのか。考えてみると大抵の女装キャラは最後の一つが最大の理由な感じがするが、しかし三次元に、また二次元においてもよほどメタなキャラでない限り彼らはきちんと理由があって女物の服を着ている筈なのである。
当たり前といえば当たり前の事実なのだが、しかしこの当たり前のはずの事実について教えてくれたのは他ならぬ部長君で、その部長君は自らのそのきちんとした理由についてきちんと教えてくれた。
曰く、
「当然、気持ちいいからですよ」
らしい。
「だって考えても見て下さいよ・・・む(と、電車の中で冷凍ミカンを一袋頬張りながら)つめたい・・・。鏡の中にいるのは可愛い女の子ですよ?僕が右手をあげれば左手を上げてくれる、左手を下げれば右手を下げてくれる、両手でスカートたくし上げて縞ぱん見せれば両手でスカートたくし上げて縞ぱん見せてくれる、まさに僕の思い通りに動いてくれる僕だけのアイドルです。専属です独占ですよ。しかもその顔が最高の自分好みなら、もっと自分好みの女にしてみたいというのは当然じゃないですか・・・はい、あーん」
「前言った時は・・・ん(と、僕は前髪を横に避けて彼の冷凍ミカンを口で受け取りながら)むぐ、んく、男共の目がやらしくてぞくぞくするからとか言ってたような気がするんだが」
「食べるの早いですね先輩。それもあるんですが、それはもう慣れちゃったんで最近はあんまし萌えないですね・・・でもイベントとか行くとキモヲタとかの目線が露骨に太ももに集中してるのが分かるからもう・・・びんびんキますね」 「何にだ」
「言わせるんですか、花も恥じらう女の子に」
「花も恥じらう女の子だからこそ言わせる」
「ち○こですね」
「ふーん。で、ねらーがスカートがちょっと持ち上がってるのとか見つけて涎を垂らすわけか」
「よくわかりましたね、四月のイベント来てないのに」 「だってそのスレで画像見たし。ところで、メールには某市の山奥とか書いてあったけど某市ってどこだい。電車はそんなに遠くないが。まさか山猫料理店とかで僕を調理して食おうってんじゃないのかい」
「それは魅力的な案ですがそれはまた別の機会に。電車降りてからちょっとバス停まで歩いて山の中までバスで」
「せめてバス代は君持ちなんだろうね」
「やだなあこういう時は男性が払うものじゃないですか」
「じゃ君じゃないか」
「いや先輩でしょう」
「じゃあもう知らない。口も聞いてやんない。竹食ったらさっさと帰ってぷよぷよしてサタンぶち犯して寝る」
「わかりましたごめんなさい僕が払います」
「いやーすまないね。でも山の中って、蚊は居ないのか?僕はもう家のドアを少しでも開けておいたらてんやわんやなんだが」
「忘れられた廃銀山の奥にあるんですって。穴の中なら大丈夫でしょう」
「歩きとバスの中の話だよ。虫よけスプレーとかまさか持ってないとは」
「・・・途中でちょっと降りましょうか。キヨスクに売ってるのかな」
「知らない。無かったら二人でその冷凍ミカンの皮擦りつけるしかないな」
「じゃ買わないことにしましょう。いくら田舎の駅でもJRだし駅にトイレくらいありますよね、無かったら草むらで良いですよね問題ありませんよね身体中つむじからうなじと腋と胸と腰とお尻と内ももを通って足の小指の爪先までまんべんなく塗ってあげますよご心配なくミカンならまだまだありますから」
「次の駅で降りようか」

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駅を出て。
「いやーあって良かったね虫よけスプレー。なぁ部長君」
「良かったですねー」「どうしたんだい部長君冷めた声だね」
「もういいです、その分後でカバーさせてもらいますから・・・えっと、そこ曲がったらバス停ですね・・・ああこれだ」
「バスはいつ来るんだい」
「一時間待ちます」
「即答かよ、わざと待たせるんじゃないだろうね」
「いやー何して待ちましょう、ナニして待つのにもちょうどいい時間じゃないですか」 「おいおいベタだな。何もしないよケータイでpixivでも見てるよ」
「ちぇー・・・最近よくぴくしぶ行きますね。何か面白い画像あるんですか?」
「んー、東方とアニメ分かんないと最近ニコ動行っても面白くないし。ハルヒの性転換ブーム過ぎたあたりから主にこっちで性欲を満たしてるよ」
「あの魔界の貴公子が居なくなってからニコニコの話題振っても乗らないですもんね先輩」
「彼にだったら抱かれても良かったのに・・・。某らっぱーも金取り始めてから面白くないし、もはやニコ動は歌ってみたはわんこと先生と吐瀉物と広島人だけかな見どころは」
「広島人てどっちですか」「主にフリーダムな方」「両方じゃないですか」
「主に男の方」「ああ・・・でもあの人す(中略)き以来上げてないんじゃ」
「いや、えろは歌上げた」「え、未見です」「帰ってから見なさい」

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というような事を話しつつ待っていたらいつの間にかバスが来たので乗り込むと(「あぁ・・・結局何もせずにバスに乗ってしまった・・・」「本気で落ち込むのかよ」「むー。あ、でも他に誰も乗ってないから」「顔が近い声がでかい。運転手のおいさんの僕らの関係を探るような後姿が見えないのか」「どんな後姿ですかそれ」「あのおいさんが僕の声に驚いて事故って死んだら七代祟るからな」「先輩が枕元に出てくるのなら本望です」)、二人が喋くっている間に忘れられた廃銀山とやらに向かってバスはガタゴト進み、昼過ぎに僕らは事故ってくたばることもなく洞穴の前にやってきていた。もう途中の会話とか要らんだろ。主に僕が長古カップリングの良さについて話してました。もう古泉はずっと長門さんの玩具になってればいいと思う。
「凄いな、こういう所ってホントにトロッコとかあるんだ・・・で、この奥?」僕は元銀山の中に足を踏み入れながら後ろからついてくる部長君に話しかけた。
「この奥です。ちゃんと地図もありますし、所々明かりも点いてるし、それにほら、この鎖を掴んで辿っていけばまず迷ったりはしませんよ」
「この鎖があるだけで何だかリアルで余計に怖いな」
「なるほど確かに風情がありますねぇ」
「これは風情じゃねぇひたすら恐怖だ」
「そんなこと言わないで、ほら僕が後ろからついていきますから」
「おいおい、地図を持ってる君が後ろでどうするよ」
「いやいや僕が後ろからついていきますからうふふふふふふふふふふ」
「はいはいお約束お約束・・・んー?部長君、もしかしてあれかな」
「はい?もう着いたんですか、奥まではもうちょっとあるはずですが」
いや、そうじゃなくてさと僕は其処に丸まって鼾をかく大きなにゃんこを指差した。
「この子の首輪に鎖が繋がってるってことは、この子がここから先を案内してくれるってことなのかな、と・・・あれ、部長君猫嫌いだったっけ?」
「いや、いやいやいや、あのその犬派ですが猫は嫌いじゃないですいやそうじゃなくてですねえーと」
「なんだい只の猫一匹にそんなに怯えて」と言いながら、僕がその猫君の首の後ろを叩いて「ほら猫君、君がお店の前に居なけりゃお客さんがお店まで辿り着けないじゃないか」と呼び掛けると、猫君は目を覚ましたらしく胡乱な目で僕を見上げた後、何を気に入ったのか僕の足に頬を擦りつけた。
「ほらこんなに人懐こくて可愛いじゃないか」と部長君に言うが、どういうわけだか部長君は岩の壁に隠れて様子を窺っている。
「あの、先輩まさかわざとってことは・・・」と部長君。「わざと?何がだいわはは」と僕。
「あのですね、その猫は普通の飼い猫なんかじゃなくて虎」と部長君が言うので僕は「凶暴な猫なら僕の近所にも一匹いたからね、虎も猫も大して変わりゃしないのさ」と返す。
「今確かに虎って・・・凶暴な猫ったってそんなに大きくはなかったでしょう」と部長君が最後の足掻きをするので、「いんや、2m近かったね。その爪は一瞬でその目の前のものを切り裂く化け猫だった」と一蹴した。
部長君は遂に観念したらしく、「・・・もういいです。結局僕が先輩に勝てるわけないんです」と一言呟いて諦めたように歩いてきた。
「ふふふふその顔が見たかった。さあ猫君、君のご主人のお店に連れて行ってくれたまえ」と虎君をけしかけると、彼女(玉ついてない)は僕の言葉が解ったらしく穴の奥に前足を進めた。
まあ僕の知ってる猫は人型の女たらしで、その上頬に傷を持つ系のおっさんの倅だったのだが。嘘は一言も言ってないよ。
そういやあいつも今年で高一になるんだなぁ、もっとも中高一貫のクラスだったから学校は同じだけど、まあ何にしろどうせまともな高校生にはなっておらんだろうとか回想しつつ虎君を追っかけるうちに赤い扉が見えてきた。
「ありがとう虎君。さて、せっかくだから俺はこの赤い扉を選ぶぜ!」
「先輩そのネタ本当は赤じゃない時しか使えませんよ。あのーすいません、予約を入れていた兎津崎ですけどー」
戸にかかった看板がかたんと音をたてた。「悪食屋」という店らしい、なんと悪趣味な。

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店主の人の良さそうなおっさんは、もうこの店で七年間も青竹の天麩羅を含む妙な飯を出し続けているのだという。
「前はもっと一日に何人もお客さんが来てくれたものだけどねぇ・・・最近ではもう新しいお客さんは増えないね。君たちみたいにネットで見つけてはるばる来てくれる、物好きな人しかいない。・・・ああ気を悪くしないでくれ、親しみを込めて言ってるんだよ。・・・後は、気が向いたら来てくれる顔馴染みしかいないね。仕事を辞めてまで始めた店なのに、もう息子の仕送りがなけりゃ食っていけない」
「仕事辞めてまで客に竹喰わせたかったんですか」
「私自身、昔っから妙なものばかり食べていたからね・・・あれは小学校に入った後だったか前だったか、アロエを鍋に入れて味噌をつけて食べたら旨いんじゃないかとふと思ってね。それが、私の道を決めたんじゃないかなぁ・・・」
たった三行でわかるおっさんの味覚に対する壮絶なシックスセンス。僕は最初のこの部分で度肝を抜かれたが、部長君はその後に続くイナゴのつくだ煮の師匠みたいなレベルの飯についてのおっさんの武勇伝をふんふんとメモっていた。もうわけがわからん。勝手にするといいよ。
その後、おっさんは「君たちは青竹の天麩羅が食べたいんだったね。すぐに用意するよ」と言い放つと厨房の奥へと消えていった。おいおい「君たち」って、おっさん僕を彼と一緒にしないでくれ、と言おうかと思ったが、めんどくさくなって止めた。
僕は「青竹の天麩羅に使う虎の油って言うから本物の虎を使うのかと思ってたらどうやら違うらしいですよ」と言ってメモに書かれたオリーブオイルやら菜種油やらの分量を読み上げる部長君を見て、口の中で何度も繰り返した言葉を呟いた。「今さらだけど、本当に可愛い奴だな君は」
部長君はメモ用紙から顔を上げて、そして笑って、「今さらですね」と返してきた。

青竹の天麩羅は、まだ来ない。

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友人との旅には、目的なんてあって無いような物だというお話でした。

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