透けて

2(08:30 駅前交差点付近)

「……ねぇ、何処に行こうかお兄さん」
「へぇ、選ばしてくれんの? 嬉しいね」
「だって僕は優しい誘拐犯なんだから──ずっと思ってたんだ、ちょっと優位に立ったくらいで簡単に怒鳴ったりするのは嫌いだよ」
「いいね。賢明だし、俺もそういうの凄く好きだよ。やっぱり自信のあるやつほど余裕を持って行動すべきだよな」
「あはは。お兄さんと僕、気が合うみたいだね」
「うん? だから拐ったんじゃないの?」
「違うよ。『オレンジ』が言ったんだ、あいつだって」
「オレンジ? ……あぁ、今はその辺にいるな。君の後ろの辺りだ」
「――へぇ。ううん、やっぱり気が合うからかも知れない」
「それはよかった……んー、どこに行こうか。俺も特に行きたいところは浮かばないけど」
「うーん、僕も学校さぼりたかっただけだから。あんまり行きたいところなんてないなぁ」
「奇遇だね、俺も学校をさぼりたかっただけで誘拐されてみたんだ」
「やっぱり気が合うね。……あ、お兄さんどこかいい本屋紹介してくれない? えーと、この辺の本屋殆ど周っちゃったからさ」
「あー、いいけど。行きつけのところに連れてくよ」
「うん。それがいいなぁ」

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1(07:50 バス停前)

「……ん」
「お兄さん、今暇?」
「は? 何、そんなナンパってありかい。小学生だろ君」
「何変なこと言ってんの。そもそも男の子だよ僕」
「言ってみただけだよー。で、なんだい? 暇なら作ろうと思えば作れるよ、大学生だからね」
「ちょっと僕に付き合って欲しいんだけど」
「君と? やっぱりナンパじゃないか」
「違うよ、僕『と』付き合ってと僕『に』付き合ってじゃ全然方向が違うじゃんか」
「ほー。それもそうだ、君はなかなか面白い小学生だね」
「お兄さんもかなりだね。意見が一致したし、僕らは気が合うのかも知れない」
「そうだねぇ、俺も君みたいなのは好きだよ……で、君と何処の何に付き合うのさ」
「ゆうかい。」
「……実験でも見て欲しいの? 俺が理系だって知ってた?」
「溶かすんじゃないよ。さらうんだ」
「ほうー。誰を」
「そりゃあお兄さんをさ。何処かへね」
「…………ふ、やっぱりナンパじゃないか」
「――あのね? 僕には友達がいるんだ」
「ふむ……その友達は体格が大きいかい」
「まぁそうだね」
「俺より歳は上?」
「間違いなくね」
「例えば、喧嘩が強いの?」
「んん。ふふふ」
「?」
「お兄さん、ずっと首触ってるよね」
「え、うん」
「ねぇ。冷たいものがずっと触ってるんでしょ」
「……うん」
「その『彼』はオレンジって言うんだ。……そんな顔しないでよ、本当なんだからね? ちょっと信じられない?」
「いや、どうだろうね……SFは好きだけど自分が主人公になるとなると」
「主人公はお兄さんじゃないと思うけど――まぁいいや。オレンジ、いつもの」
「――ん゛っ」
「どう? 感触が変わったんじゃない」
「……感触つーか。痛覚が」
「ね。どうだろう、あんまり騒がないで僕についてきてくれないかなぁ」
「……ふむ」

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3(08:50 街中)

「教えてあげる。『オレンジ』は未来から来たんだ」
「へぇ。何年後だい」
「んー、そんなに遠くは無いってさ。とりあえずドラえもんはまだいないくらい」
「そっか」
「オレンジは次元を超えた精神生命体になっててね、通常物体を触ったり押したりした時に返ってくる反発のエネルギーを自ら発することで世界に干渉するのさ」
「ねぇ、君本当に小学生かい」
「お兄さんが小学生だと思ったんだから小学生なんだろ。とにかく、オレンジは突然僕の家にやって来て姿を見せたんだ。そして僕の生命エネルギーを少しずつ食べる事でこの世界で生きている」
「面白い話だ」
「信じなくてもいいよ、首が飛ぶまでの時間を縮めたいならの話だけどね」
「どの道死ぬのかよ、誘拐の意味が無いじゃないか」
「おっと」
「まぁとりあえず聞き逃すけど。で、その反発するエネルギーってのは何処から出てんの? 保存の法則は守られてるわけ?」
「小学生にそんな難しい言葉使っても仕方ないじゃない大人げない」
「ふん。今更君からどんな単語が出てきても驚きはしないのにね」
「そういえばそうだろうね。……エネルギーは『宇宙の外側』から持ってきてるんだってさ。この宇宙は閉じたものじゃなくて開いたものでさ、その外側にはエネルギーとも物質とも付かないダークマターがある場所が広がってて、そこからエネルギーや物質を持ってきてやると同時にその分が宇宙の隅っこからはじき出されるんだって」
「ふぅーん。水に沈めたバケツにホースで水を流し込むようなものかな」
「あ、それいい例えだね。今度から使うといいよオレンジ」
「ん、何度も説明してるような口ぶりじゃないか」
「そりゃそう。オレンジは過去の世界を自分の嫌いなものから順に壊して回ってるんだってさ、で、縁あってそれを僕は何度か手伝ってきた」
「ほぉ、そりゃいい。でも未来の法律とかに違反しないわけ?」
「そんな法律ないよ。だって、オレンジが人間だった時代にはオレンジ以外にタイムトラベルをした人間はまだいないんだから」
「あ、そう。タイムパラドックスとか起きないのか。あとやっぱり人間じゃないのかオレンジ」
「んー、そういえば……ねぇどう? ……オレンジってまだ人間? って話……そう、うん、もう辞めちゃったんだって」
「もう。そうか。で、この時代では何を?」
「教えないよ。まだね」
「まだ。そうか。ところでオレンジってどんな姿してるんだい」
「うーんー、なんだろ。いろんな人に訊かれるけど難しいね、赤っぽい、説明しがたいずるずるした感じかな」
「そうか。人間辞めるとそうなるんだな」
「……どうだろうね」
「?」

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4(09:05 古本屋@前)

「……あ、お兄さん。ここにあった古本屋って」
「ここのが無くなったのはこないだだよ」
「そう」
「お気に入りだったんだろ」
「うん、品ぞろえがよかったよね」
「そうだな。そういえば閉店間際にいい本を買ったよ」
「お、え、どんなの?」
「教えない。本当にいい本だしきっと君も気に入るから、いつか出会えるよ」
「…………なにそれ」
「はは、沈黙が長いね……出来ればもう少し騙してほしかったけど、でも君は頭がいいね。凄く勘がいい。俺も昔はそうだった筈なのにね」
「あは、は、……お兄さんはそうでもないね。ちょっとがっかり」
「うん。何だか悪かったね」
「まぁね。……どの辺まで?」
「んんん、まだまだじゃないの? 俺はまだ何も知らないと思いなよ」
「――あ、そう」

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5(09:20 古本屋A前)

「……へぇ。いいなぁ、ここ。雰囲気がすごい、いい」
「君とはやっぱり意見が合うね」
「今更だね。分かりきってるじゃないか」
「そだね」
「――うん。じゃあもう、お兄さんともお別れだね」
「あぁ、そうなのかい。早いね」
「驚かないね」
「なんとなくね。もうかなり前からオレンジは俺の後ろにいただろう? 未来のくせになんで後ろから追いかけて来るんだろうね。気持ち悪くないのかいオレンジ」
「……なんでみんなわかるの? 気持ち悪い」
「さぁ? もう既に何処かと繋がってるんじゃないかなと思うよ。あの本を読んだ時からね」
「何か試したの?」
「まぁ、まだだ。幾つか口に出して読みはしたかな? 出来れば色々と試したかったけれどね」
「ううん、それだよ……それがいけなかった。お兄さんは認められたがり過ぎた、社会に、人類に有用なことをしすぎたんだ。秩序を、もたらし過ぎた」
「…………無駄、なんだな」
「もちろん。何の意味もない、お兄さんも、人類も、この宇宙も。等しく救われないんだよ、認めるなんて事には何の意味も無いんだ。無かったんだよ」
「誰の感想だい」
「人間さ。いや、人間だったのかな」
「君は?」
「僕は、もう。身体はまだ人間ではあるけれど」
「もう。そうか。……俺は?」
「お兄さんはまだ人間だよ。でも身体はもうどうかな、自分でも」
「もう。そうか。……オレンジは、」
「オレンジは、人間だよ。人間を辞めに来ているんだ。『救われたかった自分』を殺しているんだ、許せないんだってさ、時空を超えても次元を超えても、手足が消えても、この世界の因果を超越してもね」
「だろうね。……因果を超越して、かぁ。だから自分を殺してもこいつは生きてるのか」
「うん。お兄さんを殺したら、次はもう少し前だ。教えてくれてありがとね? 身体だけ人間辞めたらいつのまにか忘れちゃったんだってさ、いつ本を読んだのか」
「ふぅん」
「うん。……でもいいね、この古本屋。あの本はここで?」
「そうだよ。ラテン語取っててよかったと思ってるよ、今日はさぼっちゃったんだけど」
「もう行けないけどね」
「そういうこと言うなよ。ちょっとあの講義面白かったか聞いてよ、あと単位取れたかとかさ」
「…………あはは、」
「あははは! 君、やっぱり顔に出るタイプなんだね。本当に人間辞めたの?」
「いや、どうなんだろ。じゃあ今から辞めるために生きるよ」
「うん、それがいいよ。なんとかしてよりよい世界を作ってくれよな」
「多分壊すけどね」
「あっそ、じゃあそれでもいいよ。君が、俺がそれでいいならね」
「うん」
「うん。……そろそろやんなよ」
「うん」
「ほら」
「うん。……お兄さんは、結構よかったよ。未来なんてろくでもなかった、人間なんてろくでもないんだ。今のうちに死んで幸せだよ、きっと」
「――いいよそういうの」
「うん」
「早く」

「ほら」

「なぁ、」

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0(: )

「うん」
「そうだね」
「わかってるよ」
「もちろんだってば」
「次で終わりだね」
「それから始まるね、やっと人間が辞められるんだ」
「……そんな顔してないよ」

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どんな話なのか自分で読み返しても全くわからないので恐らく駄作なんだと思います
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